大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所堺支部 昭和34年(わ)394号 判決

被告人 北野勝

昭一三・六・二生 工員

主文

被告人を禁錮八月に処する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、昭和三三年九月三日付をもつて大阪府公安委員会より普通自動車運転免許を受け、辰已紡績株式会社において自動車運転者として勤務していた者であるが、

第一、昭和三四年八月三一日午後六時二〇分頃、小型四輪貨物自動車大四そ一六〇九号(トヨペツト五九年式普通型)を運転して国道二五号線を時速約五五粁で南進し、大阪府柏原市大字安堂無番地附近にさしかゝつた際(同所の道路全巾員八・四米、直線、舖装、速度制限四〇粁)、先行する小型四輪貨物自動車を追越した後、更に先行する乗合自動車を追越そうとしたが、このような場合、自動車運転者は制限速度及び左側通行を厳守して道路の中央線より右側に出るのを差控えるか、あえて追越そうとするにおいては、先行車の進路速度に注意するは勿論、特に先行車の前方を確認し、対向する車、人に充分留意して追越し進行し事故を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのに、これを怠たり、無謀にも時速六〇粁位に加速して前記乗合自動車を追越すべく中央線より右側の道路に進入し、右道路右端を村中勘治郎(大正一五年三月生)が自転車を押し、後部荷台に妹一枝(昭和六年八月生)を乗せて対向歩行して来るのを看過して疾走した過失により、前記乗合自動車右側まで進行した際、右直前に前記中村の自転車を発見したが何等の措置をもとりえず、被告人の運転していた自動車右側運転席ドア握手を中村の自転車右把手にあて、右前部バツクミラーを一枝の頭部に激突させて同女を刎ねとばし(このため右バツクミラーは折損した)、よつて中村勘治郎に対し加療約一ヶ月を要する右拇指挫創兼末節骨折の、一枝に脳挫傷の各傷害を負わせ、そのため一枝をして、同日午後七時二五分頃八尾市太子堂一二二番地八尾市立病院において、右傷害のため死亡するに至らしめ、

第二、前記のように交通事故を惹起しながら、そのまゝ運転を継続して逃走し、もつて法令の定める被害者の救護、警察官への届出等必要な措置を講じなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法律の適用)

法律に照らすと、被告人の判示第一の業務上過失致死、同致傷の点はいずれも刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、判示第二の所為は道路交通取締法第二四条第一項、第二八条第一号、道路交通取締法施行令第六七条第一項、第二項に該当するところ、判示第一の各所為は一個の行為で数個の罪名にふれる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、犯情の重い業務上過失致死罪の刑により処断すべく、右と判示第二の罪とは同法第四五条前段の併合罪であるから、前者について所定刑中禁錮刑を、後者について懲役刑を各選択し、同法第四七条、第一〇条により重い前者の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を禁錮八月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人には本件業務上過失致死、同傷害について、憲法、道路交通取締法上警察官に報告する義務はないと主張するので、この点について以下順次判断する。

一、道路交通取締法第二四条、同法施行令第六七条の解釈について、同法施行令(以下単に令と言う)第六七条第二項が、第一項の被害者の救護義務の規定に引続いて、「前項の車馬又は軌道車の操縦者(操縦者に事故があつた場合においては、乗務員その他の従業者)は、同項の措置を終えた場合において、警察官が現場にいないときは、直ちに事故の内容及び同項の規定により講じた措置を当該事故の発生地を管轄する警察署の警察官に報告し、且つ、車馬若しくは軌道車の操縦を継続し、又は現場を去ることについて、警察官の指示を受けなければならない。」とあるところから、同条第二項の規定は、同条第一項所定の被害者の救護等の措置を終えた場合において警察官が現場にいないときに為すべき操縦者等の報告義務に関するものであつて、操縦者等において同条第一項所定の被害者の救護等の措置を講ぜずにそのまゝ逃走した場合には同条第一項前段の義務違反たるにとどまり、該事故を所轄警察署の警察官に報告し、且つその指示を受けることがなかつたからと言つて同条第二項の義務違反ありとするわけにはいかず、そのことは右令第六七条第二項によつて明白であるとする見解がある(公表されたものとして東京高裁昭和三四年七月一五日判決、東京高裁判決時報一〇巻七号刑三一一頁参照)。

もとより刑罰法規ことに構成要件的規定の解釈は厳格になされるべきことは当然であつて、道路交通取締法についてもその例外ではなく、いかに交通取締の目的を達成する上において処罰を適当とするものであつても、その法規の予想する犯罪類型の範囲を越えて解釈することは許されないが、そうかと言つて形式的文理解釈にとどまつてはならないことも又言をまたない。

本件の場合、令第六七条のみをみれば、前示のような解釈が成り立たないでもないが、しかし、令第六七条は、道路交通取締法(以下単に法と言う)第二四条第一項を受けて規定されたものであつて、法第二四条第一項によると「車馬又は軌道車の交通に因り、人の殺傷、又は物の損壊があつた場合においては、車馬又は軌道車の操縦者又は乗務員その他の従業者は、命令の定めるところにより被害者の救護その他必要な措置を講じなければならない」とあり、そこにいわゆる「被害者の救護その他必要な措置」の内容、順序、方法等についての詳細を規定したものである。すなわち、法第二四条第一項は令第六七条と相まつて車馬等の交通事故があつた場合、操縦者等のとるべき諸種の義務の内容を包括的、並列的に規定したものであつて、令第六七条第一項が被害者の救護等の義務を規定し、それに引続いて同条第二項が第一項の「措置を終えた場合において」としているのは、交通の事故があつた場合の操縦者のとるべき数個の義務の履行について、その順序すなわち“何よりも先ず人命にも関係する緊急且つ重要な被害者の救護等についてできるだけの措置をとれ、警察官に報告してその指示を受けるのはその後でよい”と言う趣旨を、そのような応急的措置について元来素人である操縦者に対し注意的に規定したものに過ぎず、構成要件的に令第六七条第一項が成立するときは第二項違反は成立しないとするものではないと解すべきである。当裁判所は右のように解するのが前記法条の合理的解釈であつて、初めに示した解釈は法文の文言にとらわれた形式的な文理解釈であると考える。

二、事故内容を警察官に報告すべき義務を規定した道路交通取締法施行令第六七条第二項が、憲法第三八条第一項に違反する無効のものであるかどうかの点については、これまで合憲性を認めるものと、違憲であるとするものと相反した結論の判決例が数個公表されているが、その理由とするところは必ずしも一致していない。問題の焦点は、令第六七条第二項が事故を起した操縦者等に対して報告することを要求している「事故の内容」とはいかなる事項を指すのかと言うことである。「事故の内容」と言う文言はその概念極めて漠然としているのであつて、もし「事故の内容」が事故の原因、その模様、操縦者の過失を認定されるような具体的事情を含むものとすれば、令第六七条第二項は明らかに憲法第三八条第一項に反する。けだし、憲法第三八条第一項は、不利益な供述を強要してこれに基いて本人を有罪とすることを防止することにあるから、「事故の内容」を右のように解するときは、事故を起した操縦者等は刑罰をもつて有罪となるおそれのある不利益な供述を強要されることになるからである。

しかし、法第二四条第一項、令第六七条第一、二項は、事故があつた場合の応急的措置に関する条項であつて、車馬等の交通事故があつた場合に、該事故に最も近接した立場にある操縦者等をして、被害者の救護又は道路における危険防止に必要な応急的措置をなさしめ、これらについて応急的措置をより一層完全にさせるため警察官が現場にいるときはその指示を受けるべく、もし現場にいないときは所轄警察署の警察官に事故の内容及びすでに講じた措置を報告してその指示を受けることを定めているのであつて、そのような趣旨にかんがみるときは、令第六七条第二項にいわゆる「事故の内容」とは事故回復のための応急措置をより完全ならしめるための指示を受けるのに必要な限度すなわち、操縦者の住所、氏名、車の番号、事故の日時、場所等をもつて足り、それ以上自己の刑事責任を問われるおそれのある事項にまで及ぶものではない。もし、その際自己の刑事責任を問われるおそれのある不利益な供述を強要されることがあれば黙秘権を行使して供述を拒否すればよく、そのような供述を拒否したからと言つて法第二四条第一項、令第六七条第二項の義務違反に問われるものではないと解されるから、法第二八条第一号が、右報告義務を怠つた者を処罰する旨を定めているからと言つて、憲法第三八条第一項に反する無効のものではない。

以上の次第で弁護人の右主張はいずれも採用しない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例